SACHiEl (11/13)
2006,06,24, Saturday
幸恵は静かに微笑んでいた。
「貴方に私はどう見えるのかしら?」
「でも…、前にそんな事聞いたら、笑って違うって言ったよね?」
俺は確認するように尋ねた。
「天使には清らか、優しさ、慈愛、無垢、聖性、潔癖、純白など、善性を象徴するものとしての意味が与えられている事が多いけど、人は天使のようには生きられない…。でも天使のように生きたい人は沢山いるの。例えば、死んでしまったお友達」
「あの集団で死んだ女の子達?」
俺は衝撃も戸惑いも感じなかった。
もう何がなんなのか判らない気持ちが今晴れるのかと思う安堵で一杯だった。
「あの子達は自分達の運命を知ってしまった。もうこの世界では生きて行けないと知ってしまった。だから死を選んだの」
「どういう事?」
「求めているものは必ず手に入らないって事よ。だから私達はみんなでそれを望んだ」
幸恵は空を見ながら淡々と話していた。「自分達を特別な存在にしたかった。クレイジーというのは誰が言い出した事なのかもう忘れてしまったわ。その名前に意味があったのかも無かったのかも、もう私は覚えていない。いつのまにか誰となく自分達をそう呼び合っていたの。私達は選ばれた子達と言う思いを込めて」
「それがどうしてクレイジーなんだい?」
「もう判らない。でも時に意味の無い事を楽しむなんてよくあるじゃない?」
少しの沈黙。
その沈黙に耐えきれず俺は口を開いた。
「俺の写真を何故あの子達は持っていたんだい?」
幸恵は驚いたような表情をしたが、すぐに静かな顔をして応えた。
「人って…面白い生き物よね」
「?」
「あの子達に貴方の写真を渡したのは私よ」
「何故?」
「貴方は私達の中ではアイドルだったのよ」
「ど、どうして!?」
「そう…。アイドルよ。偶像と言う名の神様」
「偶像…」
「人は不安な時、何かすがるものが欲しい。そうじゃない?」
「ああ」
「私が貴方を神様に仕立てたの。みんなの不安を解消する存在としての神様に」
「全然意味が判らないよ!」
俺は幸恵に詰め寄った。「もっと判り易く教えてくれ!」
「私は偶然、貴方を知った。本当にそれは偶然。沢山の入退院と手術を繰り返していた貴方を…」
幸恵は俺の手を振り払い、話し続けた。「私は同情と一緒に感動も覚えたわ。どんなに貴方が辛い毎日を過ごしていたのかと想像しながら…」
確かに俺はこの病気の為、普通の生活は送れなかった。それを誰かがどう伝えたのか判らなかったが、以前にテレビ取材を受けた事があった。マスコミは普通ではない存在を求めている。俺は格好のネタだった。辛い日々を過ごしながらも明るく凄く少年は全国に感動を与えるのだった。俺の本心とは裏腹に。
「そんな貴方を思うと、私の毎日の悩みなんてちっぽけな物に思えたわ。そして私の中で貴方は神様になったのよ。貴方が私の心の拠り所になったの」
「……」
「その話をある時、友達に話した事があったわ。私には神様がいるって…。そうしたらいつしかその話は口々に広まっていったわ」
「え…」
「みんな欲しいのよ、心の拠り所が。そして貴方はみんなの神様になったのよ」
「そんな…」
「本当になんでも良かったのかも知れない。でも私達はそうやって自分達の存在を納得したかったの」
「確かに君達の年頃は…、自分の事が大嫌いだったり大好きだったり。いわゆる思春期ってやつだ。俺も経験有るよ。自信と不安の繰り返し。自分は何の為に生まれて来て、何の為に生きているのか。一日中考えていた。でも…」
「そんな自分達を誰かが言い出したの。私達ってクレイジーね、って。知りもしない貴方の事を勝手に神様呼ばわりしている行為なのか、そう思い込んでいる自分自身をあざ笑っているのか、どちらの意味だったのかは判らないけれど。でもみんな共感出来た。だからみんな生きてこれた」
「それなのに何故あんな事に!?」
「私が望むとそうなる力を手に入れてしまったからよ」
「そんな馬鹿な?」
「例えば、ナースの事故。学校の火災。みんなの自殺…。私が念じたからそうなったのよ」
「えっ!?」
「だって私は『神を覆う者』だから」
幸恵は両手を広げた。「神による真の統治を熱望し、天使の務めを統制する、天界の行政官。神の言葉をあまねく宇宙に知らしめる為に活動して、森羅万象に関わる命令を請け負ったりする。慈悲と慈愛、記憶の天使、水の天使、そして主天使の指導者サキエルだから…」
この状況は本気なのか冗談なのか?
俺は真顔の幸恵をただ見詰めるだけだった。
(つづく)
「貴方に私はどう見えるのかしら?」
「でも…、前にそんな事聞いたら、笑って違うって言ったよね?」
俺は確認するように尋ねた。
「天使には清らか、優しさ、慈愛、無垢、聖性、潔癖、純白など、善性を象徴するものとしての意味が与えられている事が多いけど、人は天使のようには生きられない…。でも天使のように生きたい人は沢山いるの。例えば、死んでしまったお友達」
「あの集団で死んだ女の子達?」
俺は衝撃も戸惑いも感じなかった。
もう何がなんなのか判らない気持ちが今晴れるのかと思う安堵で一杯だった。
「あの子達は自分達の運命を知ってしまった。もうこの世界では生きて行けないと知ってしまった。だから死を選んだの」
「どういう事?」
「求めているものは必ず手に入らないって事よ。だから私達はみんなでそれを望んだ」
幸恵は空を見ながら淡々と話していた。「自分達を特別な存在にしたかった。クレイジーというのは誰が言い出した事なのかもう忘れてしまったわ。その名前に意味があったのかも無かったのかも、もう私は覚えていない。いつのまにか誰となく自分達をそう呼び合っていたの。私達は選ばれた子達と言う思いを込めて」
「それがどうしてクレイジーなんだい?」
「もう判らない。でも時に意味の無い事を楽しむなんてよくあるじゃない?」
少しの沈黙。
その沈黙に耐えきれず俺は口を開いた。
「俺の写真を何故あの子達は持っていたんだい?」
幸恵は驚いたような表情をしたが、すぐに静かな顔をして応えた。
「人って…面白い生き物よね」
「?」
「あの子達に貴方の写真を渡したのは私よ」
「何故?」
「貴方は私達の中ではアイドルだったのよ」
「ど、どうして!?」
「そう…。アイドルよ。偶像と言う名の神様」
「偶像…」
「人は不安な時、何かすがるものが欲しい。そうじゃない?」
「ああ」
「私が貴方を神様に仕立てたの。みんなの不安を解消する存在としての神様に」
「全然意味が判らないよ!」
俺は幸恵に詰め寄った。「もっと判り易く教えてくれ!」
「私は偶然、貴方を知った。本当にそれは偶然。沢山の入退院と手術を繰り返していた貴方を…」
幸恵は俺の手を振り払い、話し続けた。「私は同情と一緒に感動も覚えたわ。どんなに貴方が辛い毎日を過ごしていたのかと想像しながら…」
確かに俺はこの病気の為、普通の生活は送れなかった。それを誰かがどう伝えたのか判らなかったが、以前にテレビ取材を受けた事があった。マスコミは普通ではない存在を求めている。俺は格好のネタだった。辛い日々を過ごしながらも明るく凄く少年は全国に感動を与えるのだった。俺の本心とは裏腹に。
「そんな貴方を思うと、私の毎日の悩みなんてちっぽけな物に思えたわ。そして私の中で貴方は神様になったのよ。貴方が私の心の拠り所になったの」
「……」
「その話をある時、友達に話した事があったわ。私には神様がいるって…。そうしたらいつしかその話は口々に広まっていったわ」
「え…」
「みんな欲しいのよ、心の拠り所が。そして貴方はみんなの神様になったのよ」
「そんな…」
「本当になんでも良かったのかも知れない。でも私達はそうやって自分達の存在を納得したかったの」
「確かに君達の年頃は…、自分の事が大嫌いだったり大好きだったり。いわゆる思春期ってやつだ。俺も経験有るよ。自信と不安の繰り返し。自分は何の為に生まれて来て、何の為に生きているのか。一日中考えていた。でも…」
「そんな自分達を誰かが言い出したの。私達ってクレイジーね、って。知りもしない貴方の事を勝手に神様呼ばわりしている行為なのか、そう思い込んでいる自分自身をあざ笑っているのか、どちらの意味だったのかは判らないけれど。でもみんな共感出来た。だからみんな生きてこれた」
「それなのに何故あんな事に!?」
「私が望むとそうなる力を手に入れてしまったからよ」
「そんな馬鹿な?」
「例えば、ナースの事故。学校の火災。みんなの自殺…。私が念じたからそうなったのよ」
「えっ!?」
「だって私は『神を覆う者』だから」
幸恵は両手を広げた。「神による真の統治を熱望し、天使の務めを統制する、天界の行政官。神の言葉をあまねく宇宙に知らしめる為に活動して、森羅万象に関わる命令を請け負ったりする。慈悲と慈愛、記憶の天使、水の天使、そして主天使の指導者サキエルだから…」
この状況は本気なのか冗談なのか?
俺は真顔の幸恵をただ見詰めるだけだった。
(つづく)