SACHiEl (2/13)
2006,06,07, Wednesday
職員室は苦手だ。
いつの間にか教師という職業に就いていた俺だが、この歳になっても職員室はどうも落ち着かない。
学校が嫌いかと聞かれればそうではないと胸を張れる。しかし、それとこれは別だ。この雰囲気が好きになれない。此処にいる位なら、生徒のいる教室の方が落ち着く。まあ、それで俺が教室にいれば今度は生徒が落ち着かないだろうが。
「先生…」
軽いノックをした後にドアを開けて女生徒が俺を呼んだ。
「お。何だ?」
受け持ちのコースの女の子だった。
「先生って、今日、時間ありますか?」
「ん? 放課後か?」
「はい…」
「えーっと」
俺は珍しく買ったスケジュール帳をカバンから出して開いた。
「あ! もし忙しかったら別にいいんですけど!」
慌てる女生徒に俺は答えた。
「いや、特に今日は用事ないよ」
用事は本当に無かった。それは判っていたのだが、ポーズを取りたかっただけだ。
「どうした? 何か相談か?」
「はい。ちょっとお話がありまして…」
女生徒は頬を赤らめて、もじもじしていた。
「そうか。見ての通り、職員室には誰もいないから、今、此処で聞いてもいいけど?」
「いいえ。放課後にお願いします」
「判った。それでは放課後な」
「門の所で待ってますから」
「了解!」
女生徒は逃げるように職員室を出て行った。
「門の所で…か…」
門の所で俺を待つ女生徒の姿を想像して、俺は突然ある風景を思い出した。
そう、それは昔。19歳の頃。
「あの子、何て名前だったっけ…」
それにしても何故この職員室は誰もいないんだ?
放課後。学校の階段を駆け降りる。擦れ違う生徒や同僚に挨拶をする。
「先生、さようならー」
「おーう」
「さよーおならー」
「明日なー。バイバーイ」
そんな俺の服をつかむ誰か。
「おおっと!」
「先生、どしたの? そんなに急いで」
2年生の松下由美だ。
「いや、ちょっと待ち合わせがあってな」
「あ。デート?」
「いや。そんな嬉しいものじゃないねー」
「デートもする人いないんだ。今度アタシが相手してあげようか?」
「援助交際で捕まったら困るからお断りだ!」
「あははは! じゃあねー」
「明日ー! 宿題やれよー」
階段の残りを降りて、職員玄関から外に出る。
辺りはまだ明るく部活動帰りの生徒が何人か歩いていた。
「先生、さよーならー」
俺に気付いて声を掛けて来る男子生徒。
はて? あいつの名前はなんだったかな?
そうこうしているうちに校門に着くと、俺を待っていた女生徒が空を見ていた。
「おお、すまんすまん。N崎先生の話が終わらなくてちょっと遅れた」
「いいえ。大丈夫です」
「で、話ってなんだ?」
「ちょっと歩きませんか?」
「そうだな。お前、バスか? 地下鉄か?」
「地下鉄です」
「じゃあ俺と一緒だな」
肩を並べて歩き出しても、彼女は空を見ていた。
「何か見えるのか?」
「え?」
「さっきから上向いてるから」
「あ。ああ。見えますよ。あの雲…」
静かに指差す方向に1つの雲があった。
「あの雲…、なんだか先生に見えます」
「へ?」
何だか良く判らないまま俺もその雲を見ていた。
やがて雲はすうっと消えていった。
「先生…。私の名前、覚えていますか?」
「なんだ、突然?」
「私…、幸恵と言います」
「ハ!」
俺は突然思い出した。19歳の夏に出会ったあの少女を。
(つづく)
いつの間にか教師という職業に就いていた俺だが、この歳になっても職員室はどうも落ち着かない。
学校が嫌いかと聞かれればそうではないと胸を張れる。しかし、それとこれは別だ。この雰囲気が好きになれない。此処にいる位なら、生徒のいる教室の方が落ち着く。まあ、それで俺が教室にいれば今度は生徒が落ち着かないだろうが。
「先生…」
軽いノックをした後にドアを開けて女生徒が俺を呼んだ。
「お。何だ?」
受け持ちのコースの女の子だった。
「先生って、今日、時間ありますか?」
「ん? 放課後か?」
「はい…」
「えーっと」
俺は珍しく買ったスケジュール帳をカバンから出して開いた。
「あ! もし忙しかったら別にいいんですけど!」
慌てる女生徒に俺は答えた。
「いや、特に今日は用事ないよ」
用事は本当に無かった。それは判っていたのだが、ポーズを取りたかっただけだ。
「どうした? 何か相談か?」
「はい。ちょっとお話がありまして…」
女生徒は頬を赤らめて、もじもじしていた。
「そうか。見ての通り、職員室には誰もいないから、今、此処で聞いてもいいけど?」
「いいえ。放課後にお願いします」
「判った。それでは放課後な」
「門の所で待ってますから」
「了解!」
女生徒は逃げるように職員室を出て行った。
「門の所で…か…」
門の所で俺を待つ女生徒の姿を想像して、俺は突然ある風景を思い出した。
そう、それは昔。19歳の頃。
「あの子、何て名前だったっけ…」
それにしても何故この職員室は誰もいないんだ?
放課後。学校の階段を駆け降りる。擦れ違う生徒や同僚に挨拶をする。
「先生、さようならー」
「おーう」
「さよーおならー」
「明日なー。バイバーイ」
そんな俺の服をつかむ誰か。
「おおっと!」
「先生、どしたの? そんなに急いで」
2年生の松下由美だ。
「いや、ちょっと待ち合わせがあってな」
「あ。デート?」
「いや。そんな嬉しいものじゃないねー」
「デートもする人いないんだ。今度アタシが相手してあげようか?」
「援助交際で捕まったら困るからお断りだ!」
「あははは! じゃあねー」
「明日ー! 宿題やれよー」
階段の残りを降りて、職員玄関から外に出る。
辺りはまだ明るく部活動帰りの生徒が何人か歩いていた。
「先生、さよーならー」
俺に気付いて声を掛けて来る男子生徒。
はて? あいつの名前はなんだったかな?
そうこうしているうちに校門に着くと、俺を待っていた女生徒が空を見ていた。
「おお、すまんすまん。N崎先生の話が終わらなくてちょっと遅れた」
「いいえ。大丈夫です」
「で、話ってなんだ?」
「ちょっと歩きませんか?」
「そうだな。お前、バスか? 地下鉄か?」
「地下鉄です」
「じゃあ俺と一緒だな」
肩を並べて歩き出しても、彼女は空を見ていた。
「何か見えるのか?」
「え?」
「さっきから上向いてるから」
「あ。ああ。見えますよ。あの雲…」
静かに指差す方向に1つの雲があった。
「あの雲…、なんだか先生に見えます」
「へ?」
何だか良く判らないまま俺もその雲を見ていた。
やがて雲はすうっと消えていった。
「先生…。私の名前、覚えていますか?」
「なんだ、突然?」
「私…、幸恵と言います」
「ハ!」
俺は突然思い出した。19歳の夏に出会ったあの少女を。
(つづく)