SACHiEl 


 19歳だった夏。

 俺は病院のベッドの上にいた。幼少の頃から身体が弱く、もう何度も何度も手術や入退院を繰り返して来たので、俺にとってはいつもの行事だった。
 病院生活は慣れてしまうと結構楽しいものだ。俺は個室ではなく6人部屋の窓側のベッドにいたが、此処から世界の全てを感じていた。他のベッドの患者の様子。ナースの様子---特に機嫌の善し悪し---までもが手に取るように判る。そしていつしか俺はこの階の古株になっていた。
「昨日はうるさくて眠れなかったでしょ?」
 朝の検温時に回って来たナースが話し掛けて来た。朝方、隣の病室に入っている患者の容態が急変して帰らぬ人となった。勿論病院中大騒ぎとなりナースや当直医は走り、暇な入院患者は野次馬になり、しかし俺は「そうか…やっぱりな」とベッドの上で天井を眺めていた。
「いいえ。眠剤を飲んでたので気になりませんでしたよ。それにしても残念ですね」
「来月、退院のめどが立っていたのに…。私達もショック」
「ご苦労様です…」
 いつもの朝の儀式も終わり窓の外を見ると、今日もあの娘は立っていた。
「今日もいる…」
 今どき珍しい地味なセーラー服を着た女の子、たぶん中学生の少女が病院の門の前にこちらを見て立っている。毎日立っている訳ではない。この階で誰かが亡くなった翌朝には、必ずあの場所にいる事に俺は最近気付いた。
「!」
 少女と目があった気がした瞬間、彼女が軽くおじぎをしてきた。俺も慌てておじぎをし返す。少女はちょっと笑って、歩いて行ってしまった。
「だーれ? 彼女?」
「え?」
 急に後ろから声がして振り返るとさっきのナース、曾根崎さんが立っていた。
「ち、違いますよ! たまに見かける中学生です」
「ふーん…」
「まだいたんですか?」
「いたわよ。それにしても…」
「?」
「あの子…」
「え?」
「ううん。何でもない。もうすぐ朝ごはんの時間ですよ」
 曾根崎さんはそう言って病室を出て行った。まさかこれが最後の会話になるなんて俺も思っていなかったけど。

 午後の検査を終え、一階の待ち合いロビーで行き交う人々をぼんやり見ていた。老いも若いも関係なく、病気になれば病院に足を運ぶ。どちらかといえば老人がロビーを埋め尽くしていたが。
「此処、座ってもイイですか?」
 女の子の声がした。振り返ると、門で見かけるあの少女だった。
「あ、どうぞ」
 俺は慌てて席を立った。
「え? いや、えっと」
 俺は真っ赤になって座り直した。少女はちょっと笑って俺の隣に座った。
 しばらく黙っていたが、間がもたないので話し掛けてみた。
「風邪…ですか?」
「私ですか? いいえ。違います」
「お見舞い…とか?」
「そんなトコです」
「お爺ちゃんとか? あ。いえ、別に答えたくなければ言わなくてもいいんですけど」
「貴方とお話ししたくて来ました」
「は??」
「私…、幸恵と言います」
 俺はサチエと名乗る少女をポカンと見ていた…。

つづく
SACHiEl | 07:33 AM | comments (0) | trackback (0) |
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