SACHiEl (3/13)
2006,06,08, Thursday
俺はサチエと名乗る少女をポカンと見ていた…。
「ぼ、僕と…ですか?」
流石にうろたえて自分の事を「僕」と言ってしまった。何故俺と話なんかしたいのだろう。
病院のロビーのざわめきも一瞬にして聞こえなくなった。
「ええ。そうです」
幸恵は静かに答えた。「たまに朝、目が会ったような気がして」
「ああ。君は…幸恵さんはよく門の所に立っているよね。偶然見かけます」
「良かった。私の勘違いじゃなくて」
幸恵は安堵の表情を浮かべる。
「幸恵さんは…。あ、ぼ、僕の名前を名乗っていませんでしたね。僕は」
俺は立ち上がって名乗ろうと思った。
「名前知ってますよ」
「え?」
「さっき、病室まで行ってみたんです。ちょうど検査でいなかったから看護師さんに聞いて此処に来たんですよ」
「え? あ…、はい」
なんだかタイミングを狂わされて、俺は立ち尽くした。すると幸恵も立ち上がり右手を差し出して来た。
「これで私達、お友達になれそうですか?」
「あ。えっと。そうだね。お友達になって下さい。なんだか変な感じだけど」
俺は笑いながら幸恵と握手を交わした。女子の手ってどうして冷たいんだろう。
「此処じゃアレですから僕の病室に行きますか?」
「そうですね。でも折角天気も良いし、中庭に行ってみませんか?」
「そうしますか」
この病院の中心部分に設置されているそんなに広く無い中庭。ちょっと温室になっていて湿気があったが、沢山の植物が置かれているので癒される患者の姿が多くあった。俺と幸恵は缶ジュースを買って、中庭に向かった。
「もう入院されて長いんですか?」
「そうだねー。今回はもう3ヶ月になるなー。そろそろ学校に行きたいんだけど。このままじゃ留年しそうだ」
「大変ですね」
中庭にあるベンチに腰を下ろして俺と幸恵は話し始めた。
「幸恵さんは中学生?」
「はい。3年です」
「じゃあそろそろ受験の準備で忙しい頃じゃない?」
「そうですね。一応W高を狙っているんですけど、ギリギリかなー?」
無邪気に笑う。
「W高って…お嬢様学校じゃん! 幸恵さん凄いねー!」
何が凄いのか言ってる俺も謎だが、W高は市内でも有名なカトリック系の私立女子高だった。
「いえいえ。全然ですよー」
「じゃあW高に入学したら春からは近くで会えるかも。俺、その近くにあるデザインの専門学校に通っているんだ。と行っても入院ばかりしてるから半分も学校行けてないけど」
「あ! あの不思議な色の学校ですか?」
幸恵は素晴らしい笑顔だった。俺もつられて笑った。
「春に一緒に通えたら楽しいでしょうねー」
そういう幸恵の顔はなんだか無表情だった。
「カトリックの学校だから、やっぱり礼拝みたいな事するの? 俺あんまり詳しくないけど」
「そうです。聖母を讃える集いってのがあって、マリア様にお祈りをしますよ。って私もそんなに詳しい訳じゃないんですけど」
「じゃあどうしてその学校に行くの? 親に言われたとか?」
「お母さんの母校なんですって。それと私が神様というか天使に興味があって」
「ふーん」
この年頃にありがちな興味だよなーと俺は思った。神様だとか天使だとか、生まれ変わりだとか、そういう非現実的な物にハマり易い時期である。
「天使っていると思います?」
ほーら、来た。俺は内心そう思った。
「どうかなー? いたら見てみたいけど。俺ン家、仏教だから縁がないねー」
「私の名前、天使から付けたってお母さんに言われました」
「え? 幸恵って天使いるの?」
「流石に幸恵はいないけど」
幸恵は困ったように笑うと続けた。「私の名前をアルファベットにしてLを付けると…」
S・A・C・H・I・E・L…。
「サキエル?」
「そう、それそれ!」
「ってサキエルはユダヤ教の天使じゃん!」
「私もお母さんにそうやって突っ込みました!」
俺と幸恵は大笑いした。
「サキエルが判るなんてオタクですかー?」
「アニメでそんな名前見た時にちょっと調べた事あってさー」
俺は慌てて答えた。いやー確かにオタクだけどさー。そう思いつつ、その頃調べた知識の一部分が頭の中を通過した。
『デーモン学(悪魔学)では天使という名称を悪魔に属する者を指すのに使う場合もある---』
(つづく)
「ぼ、僕と…ですか?」
流石にうろたえて自分の事を「僕」と言ってしまった。何故俺と話なんかしたいのだろう。
病院のロビーのざわめきも一瞬にして聞こえなくなった。
「ええ。そうです」
幸恵は静かに答えた。「たまに朝、目が会ったような気がして」
「ああ。君は…幸恵さんはよく門の所に立っているよね。偶然見かけます」
「良かった。私の勘違いじゃなくて」
幸恵は安堵の表情を浮かべる。
「幸恵さんは…。あ、ぼ、僕の名前を名乗っていませんでしたね。僕は」
俺は立ち上がって名乗ろうと思った。
「名前知ってますよ」
「え?」
「さっき、病室まで行ってみたんです。ちょうど検査でいなかったから看護師さんに聞いて此処に来たんですよ」
「え? あ…、はい」
なんだかタイミングを狂わされて、俺は立ち尽くした。すると幸恵も立ち上がり右手を差し出して来た。
「これで私達、お友達になれそうですか?」
「あ。えっと。そうだね。お友達になって下さい。なんだか変な感じだけど」
俺は笑いながら幸恵と握手を交わした。女子の手ってどうして冷たいんだろう。
「此処じゃアレですから僕の病室に行きますか?」
「そうですね。でも折角天気も良いし、中庭に行ってみませんか?」
「そうしますか」
この病院の中心部分に設置されているそんなに広く無い中庭。ちょっと温室になっていて湿気があったが、沢山の植物が置かれているので癒される患者の姿が多くあった。俺と幸恵は缶ジュースを買って、中庭に向かった。
「もう入院されて長いんですか?」
「そうだねー。今回はもう3ヶ月になるなー。そろそろ学校に行きたいんだけど。このままじゃ留年しそうだ」
「大変ですね」
中庭にあるベンチに腰を下ろして俺と幸恵は話し始めた。
「幸恵さんは中学生?」
「はい。3年です」
「じゃあそろそろ受験の準備で忙しい頃じゃない?」
「そうですね。一応W高を狙っているんですけど、ギリギリかなー?」
無邪気に笑う。
「W高って…お嬢様学校じゃん! 幸恵さん凄いねー!」
何が凄いのか言ってる俺も謎だが、W高は市内でも有名なカトリック系の私立女子高だった。
「いえいえ。全然ですよー」
「じゃあW高に入学したら春からは近くで会えるかも。俺、その近くにあるデザインの専門学校に通っているんだ。と行っても入院ばかりしてるから半分も学校行けてないけど」
「あ! あの不思議な色の学校ですか?」
幸恵は素晴らしい笑顔だった。俺もつられて笑った。
「春に一緒に通えたら楽しいでしょうねー」
そういう幸恵の顔はなんだか無表情だった。
「カトリックの学校だから、やっぱり礼拝みたいな事するの? 俺あんまり詳しくないけど」
「そうです。聖母を讃える集いってのがあって、マリア様にお祈りをしますよ。って私もそんなに詳しい訳じゃないんですけど」
「じゃあどうしてその学校に行くの? 親に言われたとか?」
「お母さんの母校なんですって。それと私が神様というか天使に興味があって」
「ふーん」
この年頃にありがちな興味だよなーと俺は思った。神様だとか天使だとか、生まれ変わりだとか、そういう非現実的な物にハマり易い時期である。
「天使っていると思います?」
ほーら、来た。俺は内心そう思った。
「どうかなー? いたら見てみたいけど。俺ン家、仏教だから縁がないねー」
「私の名前、天使から付けたってお母さんに言われました」
「え? 幸恵って天使いるの?」
「流石に幸恵はいないけど」
幸恵は困ったように笑うと続けた。「私の名前をアルファベットにしてLを付けると…」
S・A・C・H・I・E・L…。
「サキエル?」
「そう、それそれ!」
「ってサキエルはユダヤ教の天使じゃん!」
「私もお母さんにそうやって突っ込みました!」
俺と幸恵は大笑いした。
「サキエルが判るなんてオタクですかー?」
「アニメでそんな名前見た時にちょっと調べた事あってさー」
俺は慌てて答えた。いやー確かにオタクだけどさー。そう思いつつ、その頃調べた知識の一部分が頭の中を通過した。
『デーモン学(悪魔学)では天使という名称を悪魔に属する者を指すのに使う場合もある---』
(つづく)